ロック、ゴスペル …そしてスマイル 〜 長崎移住 5年の想い

- 曲を創った経緯

唐川真 からかわまこと 2011年の大災害以降、日本全体が騒がしくなり、リアルでもインターネット上でも、いろんな人がいろんなこと好き勝手に言い始めて、この状況はいったいなんなんだろう?と思っていました。また、みんながチャリティだなんだ、と言って、急に活発に動き出したことについても違和感があり、僕としては「自分がすべきことは違う気がするんだよなあ」などと思っていました。
そんな中、自分自身が「ストレスで倒れ、死に掛ける」という大事件があって、しかもその同じ当日に、自分がレコーディング予定だったある方が亡くなってしまう、という悲しい出来事も重なり、そういうことすべて含めて、それまでの自分の生きた道を全面的に考え直す、もっと言うと「自分は何のために生きてるのか、自分自身に問い直す」という状況になったわけです。そしてそれは、今までの日本全体にも言えるような気がしたのです。
そのような考えについて、まず周りの知り合いから話し始め、新聞記者さんや、ネット上で知り合った人、ツイッターの人などと、濃いやり取りを繰り返しながら、イメージが固まっていきました。
そしてある日。近所のダムに散歩に向かう途中のことでした(作曲のため、私はよく散歩をするのです)。長崎街道の歩道を歩きながら、そうした想いを何かのカタチに出来ないだろうか、とぼんやり考えてたところ、唐突に、頭のフレーズ「僕らは沈んでく船に」というのが降りて来まして「これだ!」と思ったのです。それをきっかけに、あとは自動的に、どんどん歌詞が降りてきました。

その後、仕上げはどうしようか、と思ってたところ、OTOTOYというレーベルから、チャリティ復興コンピレーションの参加依頼が来たのです。そのときも最初は「えー?チャリティかあ…」とか思ったのだけど、その後ちょっと考えて「まてよ」と。そもそもチャリティ活動みたいなものに違和感を持ち、それをきっかけに書き始めた曲が、当の「チャリティ」に収録されるって、すごい意義があるんじゃないか、と気付いたわけです。そのとき僕は「グラミー賞?ケッ」とか言いながらちゃっかり受賞する、ストーンズのことを思い出しまして、そういう曲を、チャリティに入れてしまう、という発想がいいじゃないか、と。そこで、自分がしたいことは全部見えた気がしました。それで、完成に向けて一気に進んだのです(復興コンピ Vol.1に収録)。

完成させるに当たって、前半部に多少ネガティヴな言葉が並んだので、サビ以降は前向きにしたい、という思いがありました。文句を言っているだけでは、前半で揶揄した「オトナ」と変わりません。僕が考える「歌の役割」とは、そういうものではないな、と思いました。何か新しいことを始めて歩き出したい、と思えるような。それはリスナーの方ももちろんですが、私自身もそうでなくてはいけない、と強く思ったのです。 他ならぬ「自分自身が」そう思うことによって、聴いてもらう相手にも、本音が伝わるのだ、という想いですね。そうしたことを踏まえて、それぞれ聴いたヒトが「自分のコトじゃん」と思ってもらうことが一番重要なんだ、と。 なので、この曲のデモが完成して、周りのみんなに聴いてもらったとき、そのほとんどの方々が「共感できる!」と言ってくれたのは、ものすごく嬉しい反応だと思いました。やった甲斐があった、とホントに思いました。
最後に、完成させるに当たって、その共感&共有を「実際に音にしたい」と思いました。そういう理由で、最後の大コーラスを、この曲にご縁のあった地元の方々を中心に、ちょっとだけお願いしました。あと唐津の加茂麻由美さんによる素敵なオルガンソロ、そして東京からスペシャルゲスト、松井ロールさんにもご参加いただきました。そしてレーベルの2名、ピロリーナと田中マサオミも、もちろん参加しています。


- 曲調のイメージについて 〜 ブルーズ的な ロック的な ゴスペル的な もの

先ほど名前が出ましたが、実は僕の中では、ローリングストーンズの「地の塩」という曲のイメージが一貫してありました。地の塩って、聖書の言葉なんですね。意外と思うかもですが、僕はストーンズが好きでして、特に、ベガーズバンケットは名盤だと思ってるわけですが、そのエンディングに入ってるのが地の塩です。ブルーズ、聖書、という統一イメージ。
僕自身はクリスチャンではありませんが、「愛と平和の街」も、そしてカップリングの「Tune Of Us」も、ともに、僕の中に存在していた「聖書的なもの」、そして「ゴスペル的要素」を引き出した曲だと思うのです(子どもの頃見ていたセサミストリートで馴染んでいた世界観でもあります)。それは、教会の多い「長崎という街」に居たからこそ、こうして、スパッと出すことが出来たのだと思う。それは、東京に居たままでは出来なかったと思います。そういう意味で、これは僕の「長崎サウンド」なのですね。


- 囚われからの開放とイメージとのリンク

「愛と平和の街」の歌詞を書くに当たっては、前に言ったように、いろんな人との対話が広がりをもたらしたんだと思うのですが、その、いろんな人の中で、特に重要な「親子関係トラウマ」に悩まされた方々の存在があります。そのヒトたちといろいろ話すなかで、いろんな囚われからの開放、ということを意識し始めました。
親子関係のトラウマということでは、加藤諦三さんという有名な学者さんが居まして、「アメリカンインディアンの教え」という本は、僕も大昔(20年くらい前)よく読んだんです。それとは別に、ちょうど同じ頃、僕はビーチボーイズを聴き始めていました。ビーチボーイズを聴き始めたきっかけは、ロック界で最も有名な「お蔵入りアルバム」スマイルの存在でした。スマイル、というのはアメリカの開拓史をロック音楽絵巻にしようとした試みです。その「スマイル」のことをいろいろ調べ始めた最初の頃、「アメリカンインディアンは、お互いが敵ではない印として、相手に微笑んで微笑み返す」という文献に出会ったんです。そこから僕は、加藤諦三氏の「アメリカンインディアンの教え」というのが、何かスマイルとも共通点があるのかもしれない、と思ったんですね。それで、加藤氏の本を手に取ったわけでした。
実際は、スマイルと加藤氏の本は全然関係なかったのですけど、そのかわり、僕らと同じような親子トラウマを抱えるビーチボーイズの重要メンバー、ブライアンとデニスのことを知るわけです。特に、ブライアンウィルソン自叙伝には、相当ショックを受けました。父との確執が、読むのが辛くなるほど赤裸々に、書かれてあります。
僕はその自叙伝を読み進めながら、こんな状態で、あんな美しい音楽を生むブライアンというヒトだからこそ、存在理由があるのだ、と思ったんですね。そうして、僕自身、自叙伝を読むことで、自分自身のトラウマからも解放されていったのだと思うのです。

今回の「愛と平和」の歌詞を書き始めたとき、そうだ、そのことを歌詞にしよう!と思いついたのです。「笑いかけ笑い返されて〜」という部分は、そこから来たわけですね。あそこは、ビーチボーイズのスマイルなんですよ。そして「愛と平和の街」というのも、英雄と悪漢(スマイル収録)の歌詞に出てくる街なんじゃないか、と。そんなイメージを持ったわけです。
奇しくも、去年、ちょうど新曲を創ってた頃に、その伝説の「スマイル」が、製作から45年という月日を経て、遂にリリース!という大事件があり、そのリンクが自分自身に高揚感をもたらしました。どんなに深い闇があっても、明るく開放されていく。そんなブライアンのメッセージを受け取った、ということです。


- 長崎という街に対する「本音の」想い

さて今度は、ちょっと別な視点から語ってみます。
実は僕は、2011年、ある仕事に携わり、この街の「よくない点」ばかりをずっと聴かされていました。みなさんも経験あると思いますが、「批判ばかり」を延々聴かされる気持ちってわかりますよね?自分の中に、どんどん毒が溜まってきて爆発するようなあの感じです。しかも仕事だったので、離れるわけには行かない。今思うと、ホント拷問のようなものだったと思います。

そういった経験から、この町の人は、いったい、自分が住んでるこの町を、どう思ってるんだろう?好きなの?嫌いなの?しょうがないから住んでるの?どうなんやろ?そこのところ??と考えるようになりました。そういうことを、長崎の町を一人で歩き回りながら、街の史跡などを辿りつつ、昨年一杯、ずっと延々考え続けてたんです。
そして、有名無名を問わず、いろんな方々に、率直な長崎についての意見を尋ねまくりました。それぞれどんなこと想っているのだろう?と僕は興味が湧いたわけです。
そう想ったのには実は、自分自身の気持ち、つまり、僕自身は故郷(北海道釧路市)が好きではない、ということがありました。そういう自分自身の気持ちが根本にあり、故郷というものについて、みんなは「本音では」どう思ってるのだろう?と。そういうことを知りたかったわけですね。 表面上の社交辞令とか、形骸化したような、ありきたりの言葉じゃなくて、「本当は」この町のことどう思う?って。そういうことを、探りながら、本音を少しでも垣間見れたらいい、と思いました。
そういうことについて、いろんな人と話し、もちろん、みんな本音は、露骨には言いませんでしたけど、言葉の端々から、気持ちはうかがうことは出来たし、僕はじゅうぶん満足した、と。そう思ったのです。
あとは「街」というくらいだから「ヒト」が住んでます。ヒトが嫌い、というのと、街が嫌い、というのは違うと思う。でもそこは人間ですので、混ぜるな危険、と言っても、つい混ぜてしまうんですね。でも、それでもいいと思うんです。そういう「人間的な感情」こそが、一番知りたかったことだからです。そういうことを踏まえて、完成へと進むわけです。
完成間近になった頃、元ピチカートファイヴの高浪慶太郎さんにインタビューする機会に恵まれました(こちらで全文公開中です)。慶太郎さんとのお話は大変有意義で、最終的なイメージは、このお話以降に、まとまったと感じています。


最後になりますが、「長崎でも曲を創ってくださいよ。」と言って下さったのは、長崎雑貨たてまつる店長、高浪高彰さんなのです。彼にそう言われるまでは、僕は、この町で「自分の」新曲が出来るとは思ってなかった。プロデュースに忙しかったというのもありますが、あまりその気もなかった。そういった意味では、ちょっと背中を押してくれたんでしょうね。不思議なご縁だと思います。高浪さんご兄弟には心から感謝したいと思います。

いろいろ思い返しますと、今まで長々と書いてきたこと、すべてが、一年かけた、ひとつの大きな巨大プロジェクトだったとも言えるのです。それがたまたま、わかりやすいカタチとして、5分40秒の曲になったに過ぎなくて、実は、まだまだ終わったわけではなく、その陰で巨大プロジェクトは引き続き進行中なんだと思うのです。だから、今後も進み続ける、ということですね。ありがとうございました。



PS
- カップリング「Tune Of Us」

教会での結婚式をイメージした曲ですね。FUSEKIリリースのときから「シングルカットすればいいのに」と、ずっと言われていた。アルバムの中では後半最後近くにあるので、目立たず、存在を知らないヒトも居ました。ライブで歌ったのを聴いて、またアルバムを買ってくれた方まで居たくらいです。ありがたいことですね。
「愛と平和の街」をシングルリリースする、と決めたとき、カップリングはこれしかないだろう、と思いました。どちらも、長崎から影響受けた教会風であり、どちらも未来を感じさせるものだったからです。曲調としては好対照にある2曲が、同時収録されていることで、どちらのメッセージも、いっそう強調し合い、わかりやすくなったのではないかと思います。
収録に当たっては、2011年リミックスバージョンを採用しました。各楽器を新しくしたほか、好評だった Tori8さんによるギターソロを延長し「大団円」という感じになったと思います。

なお、この曲は kimikoさんによるカバーバージョンがあります。こちらも素晴らしい出来になっているので是非お聴きいただければと思います。こちらでフリーダウンロードできます。


TUNE OF US feat.kimiko
by kara_maicou




「愛と平和の街 / Tune Of Us」
*別MIX カラオケつき 4曲入りCDシングル 900円 7月20日 全国リリース。
*iTunes 先行配信 7月4日。
ほか全国CDショップにて♪