ジーゼル」に乗りに行こう


ご来訪ありがとうございます。

この回顧録も発表から「20年」となり、多くの方々に読まれ、役割は充分果たしたかと思われます。 つきましては、20周年の2018年である本年を以って、公開終了とさせていただきます。今までいろいろありがとうございました。

公開当時と違い、今は、簡易軌道について調査されている方々、語っている方々が多数いらっしゃいます。私程度の「場末の鉄ヲタ」には、もう既に語ることもございません。あとは、その道のエキスパートの方々にお任せしとう存じます。

今までの 20年間にも渡る長きのご愛顧、本当にありがとうございました。心より感謝申し上げます。

なお当「回顧録」執筆者であり、浜中町営軌道担当、青田豊氏の甥であります私、アーティスト&作詞作曲家「唐川真」は今後も音楽活動に勤しんでゆく所存でございますので、どうか応援、ご贔屓、何卒よろしくお願いいたします(2018)。




☆リメンバー中茶内


2020年追記となります。

相変わらずのアクセスありがとうございます。ですが当コーナーを復活する予定は御座いません。

2年前の上記コメントでは言葉を濁しておりましたが、改めて今回「本音」を申しますと、私たち家族と「中茶内」本家との関係は、必ずしも良好といえるものではありません。また私個人的な経験から言いましても、幼少の当時、中茶内で「楽しかった」という思い出はほとんどなく、ほぼ唯一と言ってもいい癒しが「簡易軌道」でした。

私たちの一家が嫌われていたのかも判りませんが、ともかく私は常に「迷惑モノ」として扱われている、という実感がありました。私が中茶内で温かく迎えられている、という感覚を私自身は持ったことがありません。相手はどう思ってたかは知りません。でも私自身は「そう」感じていたということです。

そんな苦行の中、唯一の楽しみが簡易軌道、つまり「ジーゼル」でした。毎回その為に行っていたと言っても過言ではないです。それくらい簡易軌道は好きでした。


やっとココ10年ほど、簡易軌道に関して模型関係や研究関係で盛り上がるようになりました。簡易軌道展や軽便鉄道展で盛り上がっております。それは大変けっこうなことです。釧路でも石川氏という方が先頭になり、盛り上げてらっしゃいます。
ですが、どの動きに関しても、私自身の傷を癒せたりすることはなく、ただ他人事のようにムーヴメントを眺めていただけです。彼らがやっていることは、私個人の経験とはまったく関係ないのです。それが判ったここ数年でした。

簡易軌道ムーヴメントを盛り上げてもらって大変けっこうですが、私自身の体験と思い出は、辛く悲しく孤独なもので、誰とも共有できるものではありません。そんな孤独な少年が、中茶内という荒涼とした土地で、簡易軌道に唯一癒しを感じていたという、このことだけは皆さんに忘れないでいて欲しいです。 昭和の遺産や歴史としてではなく。「私個人の」思い出と記録なんだと。他所からやってきた赤の他人が、どうこうできる問題ではないのです。私は当時リアルタイムでそこに生きていたのですから。


ちなみに私は縁あって、九州長崎に 7年間住んでおりましたが、長崎の軍艦島でも似たようなことが起こっていると聴きます。私は当地長崎で、元軍艦島関係者による批判や愚痴を幾つも聞きました。
田舎や昭和遺産は、サブカル研究家にとっての素材、自分探しの題材ではありません。そこに生きている人間が居たのだ、と。そんなことやめてほしいと思ってる人間も少なからず居るのだ、ということを、自分自身も含めて「今一度」よく考えてみたいところです。


改めて言いますが、中茶内の方々に当時受けたご恩は否定しませんし、こんなアホ少年を毎年預かって世話してくれたことに対しては、とても感謝しています。

祖母が作ってくれた「グスベリのジャム」の味も忘れられません。

そういった楽しみはあったにせよ、私にとってそれ以上に辛く孤独な日々だった。このことは一生忘れることはないです。そのことだけでも関係者皆様に憶えておいて欲しいと。ささやかなお願いです。


以上。唐川真。2020。






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「寝坊したら、すごくソンした気がした」青春18きっぷ 道東編!
撮影:荒木経惟 ・ モデルは井出薫さん
「寝坊したら、すごくソンした気がした」青春18きっぷ 道東編!撮影:荒木経惟 モデルは井出薫さん

 

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